角館總鎭守神明社

文字の大きさ

由 緒


 神明社創建の時期については諸説があり定かではないが、古くは中世末、この地域を統治していた戸沢氏の篤い祟敬をうけて古城山の一角に鎮座しており、現在地に奉遷されて以来この処を神明山と称している。
 現在の本殿は、明暦二年芦名氏のあとに入郷した佐竹北家によって遷座されたと伝えられ、その頃より時の北家をはじめ領民・氏子の総鎮守として限りない祟敬をあつめてきたのであり、御神前には小田野直武氏をはじめ、平福穂庵氏・百穂氏また多数の時の著名画家が描いた奉納絵馬が掲げられている。
 九月七日の例祭においては北浦神楽が奉納され、同日夕刻には各町内から曳き出される十八台の豪壮な山車が参拝し、飾山囃子による手踊りが奉納されることでも有名であり、九月八日には神輿渡御が行われ、数多くの供奉者や参拝者で賑わっている。
平成十九年十月には、昭和天皇第四皇女であらせられる伊勢の神宮祭主池田厚子様、また、神宮大宮司鷹司尚武様のご参拝を仰いだ。


御祭神


主神

天照大御神(あまてらすおおみかみ)

相殿神

加具土神(かぐつちのかみ)
大名牟遅神(おおなむぢのかみ)
少彦名神(すくなひこなのかみ)
経津主神(ふつぬしのかみ)
武甕槌神(たけみかづちのかみ)
建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)
三嶋大神(みしまのおおかみ)
廣田大神(ひろたのおおかみ)
水波能賣神(みずはのめのかみ)
大山祇命(おおやまづみのみこと)
白峯主神(しらみねぬしのかみ)
伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
伊邪那美命 (いざなみのみこと)


御神徳


 当神明社の主神であられる天照大御神は、『日本書紀』の中で、「此の子、光華明彩しく、六合の内に照り徹る」とあり、この神さまの明るく美しく輝くさま、またその光によって国土の隅々まで照り輝いたという様子が記されています。このことから、太陽神としての御神徳をもち、万物に影をつくることなく日なたを生み出し、すべてのものに様々な活力を与えてきました。
 また同じく『日本書紀』に「未だ此の若く霊異しき児有らず。[中略]自当に早く天に送りて、授くるに天上の事を持ちてすべし」とあり、その高い神秘性と霊妙なご存在から、高天原という神々のお住まいになる世界の主宰神となりました。
 つまり、天照大御神は、八百万の(様々な)神々の中心となる神さまであり、その他の神々と力を合わせることにより、さらに一層の御神徳を増す神さまであることがわかります。 
 これらのことから天照大御神は、動植物に限らず、八百万の神々に至るまで『万物に活力』を与え、その中を取り持つことから『物事の調和』をはかる神といえます。
 そのほかにも天照大御神は、田畑を耕して農作物を産し、養蚕、織物を奨めるなどして衣食住を満たし、安定した国土を経営した神さまでもあられます。
 当神明社では、その御神徳に因んで、
国土安泰、家内安全、福徳開運、勝運、良縁成就
の神として篤い崇敬をあつめています。